目次へ  前のテーマへ  次のテーマへ  ルフィミアネットの本はこちら

不法行為の要件と効果

 さて、今まで「相手に何かしてもらうためには、契約が法律が必要」として、契約の話と物権及びその他の法律によって付与された権利の話をしてきました。ここで不法行為という、体系としては例外的でありながら、実は応用範囲の広い、それでいて今までの権利とは異質な規定の話をします。異質とは言いましたが、ある意味では近代市民法成立以前から存在する歴史的な法理ではあるのですが……。
 相手から何かされて損害を受けた場合には、その損害の賠償を相手に請求することができます。これが不法行為に基づく損害賠償請求権であり、その規定は民法709条以下です。
 ところで、相手から何かされた時に必ず損害賠償を請求できるかと言えばそうではありません。不法行為は近代市民法の原理によって大分変質しました。具体的に言うと、「わざとやった」「注意しなければならないのに、漫然とすごして迷惑をかけた。」というようなことがない限りは、たとえ相手に損害を与えたとしても賠償しなくてもいいということになったのです。わざとやるのを「故意」、注意しなければならないのに漫然とすごしてしまったのを「過失」と言い、故意か過失がなければ損害賠償をしなくてもいいということから「過失責任の原則」と呼んでいます。
 ですから相手から何かをされて損害を受けたとしても必ず賠償を受けられるわけではないことを頭に叩き込んでください。
 さて具体的には不法行為による損害賠償請求権が認められるためには、いくつかの要件が必要で、この要件をきちんとおさえておきましょう。

1 故意または過失による行為であること
 まず、故意か過失がなければなりません。故意はわかるでしょうが、過失は厳格には「注意しなければならない義務(注意義務)」「損害発生を回避する義務(回避義務)」の双方の義務を怠ったことが必要だとされます。注意義務が認められるためには、注意していれば予想できたことが前提になります。逆に言うと注意をはらっても予想できないような事象は、それを予想しろってえのは無理ですし、無理なことを要求するのはできないので、それによる損害は賠償しなくてもいいことになるんです。次に、損害発生を回避できることが前提になります。仮に予想できたとしても損害発生を回避することが無理であれば、これまた無理を要求する訳にはいかないので、損害を賠償しなくてもよいことになります。
 基準についてはたいていの場合一般人であることは言うまでもないでしょうが、相手の仕事の内容や状況によってはさらに高度な義務が要求されることもあります。
 次に「行為」と呼べるものでなければなりません。正確には行為ではなく「何もしないということも含む」意味で「所為」というのが法律学での約束ですが、とりあえず「何もしない行為」というのも含めて「行為」と言うことにしましょう。そして行為でないものから説明した方が早そうなので行為でないものをあげますが……。まず自然現象自体は行為ではありません。次に動物や植物の動きも行為ではありません。犬をけしかけてけがをさせた例でも、犬が損害賠償請求される訳ではありません。けしかけた人間のけしかけ行為が議論になります。さらに物の分別がつかない子どもの行為も、ここでいう行為ではありません。物の分別がつかない年齢の基準として一見矛盾するように見える12〜13歳という線があります。また大の大人でも夢遊病状態のように自分の行動を制御できないような状態では行為とは呼べません。(もっとも夢遊病状態にすることには別個行為が認められますが……。)

2 損害の発生
 損害が発生しなければ賠償する必要がないというのが日本民法の発想です。したがって実際に発生した損害であれば、目にみえる損害であっても、精神的損害のような目に見えない損害であっても、等しく賠償を受けられます。
 一方損害が発生しなくとも賠償を受けられる「名目的損害賠償(例えば損害賠償額1円とするようなもの)」や、損害以上の賠償を受けられる「懲罰的損害賠償(例えば実際の損害額の3倍とするようなもの)」は、日本民法では採用されていません。

3 行為と損害との間の因果関係の存在
 行為によって損害が発生したとしても、それが単に時系列に沿って起きただけでは、不法行為による損害賠償請求権は発生しません。行為と損害の間に因果関係がなければそれは行為によって起こった損害ではないので、賠償する必要がないのです。
 さて因果関係があるというためには、2つの要件が必要です。
 まず第1に「その行為がなければ損害が発生しなかっただろう」という関係がなければなりません。その行為がなくたって同じ損害が発生するのであれば、その行為による損害ではないので賠償する必要がないのです。
 そして第2に「その行為があったからこそ損害が発生した」と判断できる程度の関係があることが必要です。この基準も相変わらず一般人ですが、一般人が見て「それはその行為というよりは別の要因で起こった損害じゃないの?」という場合には、やはり賠償する必要がなくなるのです。
 このことをよく話題になりがちな自動車の例で説明しますが、自動車というのはいつか古くなったり壊れたりして使えなくなるものですよね?そしてこれはある日突然価値がなくなるものではなく、年数なり走行距離なりにおおむね比例して価値が減っていくものですよね?
 そうしますとある日車が事故にあって廃車にせざるを得なくなったとする。そうすると新車の代金を寄越せと思う人は相当いるんじゃないか……?
 でも、これは法律上認められない請求なんです。というのはその人がそれまで使ってきたことで価値は減っている訳です。そしてその価値が減ったことによる利便性は使った人が得ている訳でして……。そうすると事故によって損害が発生したとして、事故を起こすような行為と因果関係がある損害というのは、あくまでそれまで使ってきたことによって価値が減少した後の車の価値だけなのです。にもかかわらず新車を要求するというのは、今まで自分が利便性として受けてきたメリットの対価として減ったはずの価値まで、事故をきっかけに相手にかぶせようとするものであって、法律上は通すわけにはいかないのです。

4 違法性
 そして不法行為による損害賠償権が発生するためには、その行為が違法性を帯びることが必要です。別に「なんとか権」と呼ばれるような権利であることや、その権利を侵害したことなどは要件ではないのですが、そもそもその行為が社会的に是認されるようなものであれば、たとえ故意過失による行為によって発生した損害であっても、それを賠償する必要はないのです。ですから損害の原因となった相手の行為が、法律上許されるものであったり、権利に基づくものなのであれば、「違法性がない」として損害賠償をする必要がなくなるので注意が必要です。

5 ちなみに不法行為が成立する場合の効果
 意外に知らない人がいるんですが、日本民法の場合、不法行為が成立しても、できるのは「お金を請求できる」ということだけだというのが原則です。相手にお金以外の何かの行為を求めることは原則できません。これは「なんでもお金で解決しよう」ってことではなく、「お金でしか強制できないから勘弁してね」ってことです。
 これの例外は名誉を毀損したという内容の不法行為の場合です。


目次へ  前のテーマへ  次のテーマへ  ルフィミアネットの本はこちら