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商法対策
少しはまともな事が書けるかも……。
法令の名前は商法ですが、出題範囲である第4編については「海商法」という俗称ももっています。これについてはちょっとした訳がある訳でして……。
そもそも商法は民法の特別法でして、私法関係の大原則を定めた民法に対し、商行為の特性に着目して商行為の場合の修正を行うのが商法なのです。そして第4編は、第1編から第3編までの一般的な商法に対し、船舶を利用した商行為についての特性に着目して特則を定めたのが第4編なのです。海商についての特別法だから海商法なのだと……。
なもんで、海商法の勉強をする時には、「原則たる商法の規定はどうなのか」「大原則たる民法の規定はどうなのか」というのを常に意識することが、理解への最短コースだと思うのです……。
そしてそうすれば、捨てたはずの民法でもちょっとは点数を稼げるかもしれない……。(笑)
さて、これは覚えなくてもいい知識なのですが、近代会計制度というのは、海商から始まったという説があるんですね。この場合の海商というのは、船を調達し、船員を調達し、商品を積み込んで、航海に出る、着いた先で商品を販売し帰ってくることを指します、そして数人で集団を作り、海商を行って、帰ってきたら集団を解体して収支を計算するのが近代会計制度の始まりであり、この集団こそが近代会社組織の始まりであると……。
今でこそこういう形態で海商を行うことはまずないのですが、商法の規定はこの原始的形態を基本に据えたシステムなのだということは、個々の規定の解釈を問う際に手助けになることでしょう。
そんな訳で海商法の具体的な規定を見ていくことにしましょう。
総則もしくは定義規定
海商法の登場人物
まず海商は船舶がなければはじまりませんから「船舶」自身の定義規定があります。
次に海商を行う主体として船舶所有者があげられます。1つの船舶を複数人で所有している場合には、「船舶管理人」を選ぶことが法律上要求されますし、船舶を持たないで海商を行おうとすれば船舶を借りてあたかも自分がその船舶の所有者であるかのようにふるまう「船舶借入人」となることでしょう。
一方船舶で商行為を行う者に対し、物資の輸送を依頼する「荷送人」、船舶と船員をワンセットで借り上げてしまう「傭船者」というものが出てきます。荷送人や傭船者は船舶所有者・船舶借入人との関係ではお客さんにあたる訳です。
さて通常は船舶所有者自ら船を動かす訳じゃあありません。「船長」とその他船に乗り組む者を雇い入れ、彼らに船の運航を依頼することになります。
以上のとおりですから、以下ではまず船から船以外の登場人物へと話を進め、さらには民法や商法第1編ないし第3編の一般規定に対し、どんな特則を設けているか説明していくことにします。
海商法の適用範囲
海商法が適用される船舶は、商法684条1項(以下特記ない限り「商法」という文字は省略)によって、「商行為をなす目的で航海の用に供するもの」とされていますので、トン数にかかわらず商行為を行う目的であれば海商法の規定が適用になります。例外は同条2項による「ろかいのみもしくは主にろかいで運転する船」です。また海商法の規定の前にある569条が湖川・港湾において物品旅客の運送を行うことを業とする場合を規制対象にしているので、やはり海商法は適用になりません。
ですんで、登記と船舶国籍証書が要求されない小型船舶(船舶法で出て来るね?総トン数20トン以下の船だよ)でも、「ろかい」規定の適用がなく、湖川港湾における輸送にもならなければ、海商法が適用されるし、商行為を行う目的があれば、一般の商船に限らず、救助作業船や工作船も海商法に言う船舶になります。
船舶の所有権
船舶は不動産か動産かと聞かれれば動産なのですが、比較的高価で財産的価値が高く、それでいてそれぞれを区別するのが比較的容易なので、権利関係を帳簿に記載しておくという方法がとられます。不動産も権利関係を帳簿に記載する方法をとりますので、不動産に近い動産と言えるでしょう。
というので、船舶の所有権については、その旨登記をし、かつ船舶国籍証書に記載をしなければ対抗できないとされています。対抗というのは民法の物権のところで学ぶ概念で、端的に言えば「帳簿に載せないと(=対抗要件)を満たさないと、第3者にはその権利の存在を主張できないよ。」ということを意味します。だからAさんがある船舶をBさんに売った後で、Cさんにも売ったとする。そしてCさんが登記をし、船舶国籍証書の書き換えもしてしまえば、もはやBさんはCさんに対し「この船はおれのだ」と主張することは認められないし、そのように裁判所に訴えても通さないよってことになります。でも対抗の話の難しいところはここから先でして、
まず「第3者」に対抗できないのですから、当事者間では相変わらず有効だってことはおさえておかなければなりません。上記のBさんは、AさんがCさんに売った後でも相変わらず自分に対して登記しろと請求することができますし、Cさんが登記してしまえば、Aさんはもはや(Cさんから別途買い戻さない限りは)Bさんに対し売り主としてのいろんな義務を果たすことができなくなりますから、Bさんに契約の解除権が発生する他、損害賠償の請求も場合によってはできる訳です。登記がないからと言って、必ずしも契約が無効になる訳ではないのです。
次に当事者ではないと言っても、当事者の権利義務を一般的に承継した者、一番有名なのは相続なんですが、これらの者は当事者扱いされる結果、対抗の問題にならない点注意が必要です。
最後にこれらに当たらない第3者でも、登記なくして対抗可能な者がいることを覚えておかなければなりません。例えばその物を盗んだ物に対しては登記なくして対抗できます。もっと難しいものとしては、「登記の存在を理由に所有権を認めるのが信義則上許されない者=背信的悪意者」とか背信的悪意者から譲り受けた者などがいますが……。海事代理士試験でそこまで聞かれるのでしょうか?
さて「所有権移転は登記と船舶国籍証書への記載とが対抗要件」という原則には大きな例外があります。
小型船舶と呼ばれる総トン数20トン未満の船舶には、所有権に関するこのルールの適用はありません。しかし海商法の適用はあり得ますから要注意。
船舶の抵当権・質権・賃貸借
船舶を担保にしてお金を借りる方法として、船舶に抵当権を設定することができます。抵当権というのは「お金を返さなかった時には、船舶を売却してその代金を借金の返済にあてることができる」権利です。時々勘違いしている人がいるんですが、もし売却代金が借金の額より少なくて借金を全部返しきることができなかった場合には、借金は残ってそれは相変わらず払わなければいけません。
で、この船舶の抵当権設定は、船舶の完成前であっても行うことができます。したがって所有権の登記がないのに抵当権がついているという、土地や建物では考えられないことが船舶では認められることになります。
さて物を担保にお金を借りる手段としては、質屋で有名な質権という物権を設定する方法もありますが、船舶については認められていません。抵当権はいざという時に強制的に売り払うことができる権利ですが、質権というのは「お金を返すまでこの物は預かっておくよ」という権利です。どこが違うかと言えば抵当権ではお金を借りた側は相変わらずその物を使用することができます。いざという時のためなので、その時が来るまでは使えるのです。(抵当権設定では所有権は移転しない。)しかし質権を設定しますと、その物はお金を貸した側に預けなければいけませんし、貸した側もそれを大切に保管しなければなりません。貸した側では大切に保管しなければいけない以上、その物を使って何かするという訳にもいかないのです。そうするとせっかくの船舶が有効利用されない訳ですから、抵当権がある以上、質権を認める必要はないと言えるでしょう……と私は考えているのですが……実際のところどうなんでしょうね〜。そういう立法趣旨だったんでしょうかね〜。
ちなみに船舶の賃貸借ができることは言うまでもありません。
船舶所有者
船舶の所有権を持つ者が船舶所有者な訳でして、これが1人で、かつ自ら運航を手配するのであれば、それほどまぎれはないでしょう。複数いたり、自らは運航を行わないで船を貸し出す場合(裸傭船と言うそうですが……)に、船舶所有者でないにもかかわらず船舶所有者の規定が適用になるということを理解しておけば足ります。
さて船舶所有者は、船舶を所有し、その船舶で利益を稼ぎ出す訳ですので、船舶を運航することによって得られる収益は全て船舶所有者のものとなります。そのため、船舶の運航によって傭船者、荷送人もしくはこういうお客さんにはあたらない第3者に損害を与えた場合、その賠償は原則として全部負わなければならないとされています。これは民法の「過失責任の原則」を修正したものと言えます。民法の過失責任の原則というのは、損害を与えただけで賠償する必要はなく、「あえてやった(故意)」「損害を与えないよう注意しなければならないのに、それを怠った(過失)」という事情が必要だとする原則です。過失責任の原則は多くの局面で修正されており、船舶所有者の責任もこの一環と言えましょう。(ちなみに得られる収益のゆえに修正される場合には、過失がなくても責任を負わなければならない無過失責任の中でも報償責任と呼ばれています。試験には出ないと思いますが、法律学の書籍にはよく出るので知っておくと便利。)
これに関しては、船舶所有者が責任を負わない旨、特別に契約で定めたとしても、その契約の条項自体無効になると解されています。この免責特約の無効については、「船員の重過失によって発生した損害」「船舶所有者の故意または過失によって発生した損害、たとえば船荷の滅失、毀損、延着による損害」についてもあてはまります。
なお、船舶所有者の義務の1つとして、堪航能力担保義務について説明しておきます。
傭船者・荷送人に対しては、発航時において、船舶が無事に航海を終え目的を達成することを保証しなければなりません。これを堪航能力担保義務と呼んでいます。
海は何が起こるかわかりませんので、必ずしも大嵐なんかにも堪えなければならないという程度までは要求しませんし、また発航時においてこの要件を満たしていれば、途中何らかの事情でこの要件を満たさなくなったとしても、発航時において要件を満たしていれば違反になりません。ただ、普通ありそうなことには対応できるだけの能力を発航時に持たなければならないのです。
さてこの堪航能力は、おおむね3つの要素で説明されます。1つは船舶安全法にも関係しますが、船舶自体が航海に堪え得ること、1つには船舶に必要な船長、船員、設備、物品等がきちんと用意されていること、さらに船荷をきちんと運べることの3つです。
もしこの義務を果たさない結果、傭船者・荷送人に損害を発生させた場合には、その損害を賠償しなければなりません。
ところで、船舶所有者の責任は、このように広いものなのですが、一方で実際には船舶所有者の責任を一定の範囲内に抑える立法が行われるのが常です。船舶所有者の責任と言っても,現実には保険によってカバーされるわけですが、仮に連続して損害が発生した場合に、保険によってカバーすることは不可能になるため、総損害額を制限することが必要だとされているからなのです。この立法は国によって異なるのですが、1957年の船主責任制限条約で「金額(責任)主義」を採用したことから、この条約の加盟国については順次この条約の趣旨に基づく立法がされることになりました。具体的には船舶のトン数に応じて定められた金額まで、船舶所有者は損害賠償義務を負いますが、それ以上は責任を負わないこととなります。
船舶借入人
船舶を持っていない者が、他者から船舶を借り入れて、商行為を行うために運航の用に供する場合、この者を船舶借入人と呼びます。船舶借入人は、海商法の規定の上では船舶所有者として扱われます。これは登記および船舶国籍証書上の船舶所有者ではないというだけで、他の局面では船舶所有者と同様の権限を持つ訳ですから、海商法上も同様に扱われるという至極当然のことですが、海商法に限らず、「船舶貸借の場合には船舶借入人に適用する」という当たり前のことが出題されています。
……とはいえ、船舶借入人が船舶所有者に代わって登記できる訳はないわな……。
船舶共有
船舶を1人ではなく2人以上で共有し、共同で商行為の用に供する場合を、船舶共有と言います。
民法の一般原則だと共有の場合には共有者が持分に応じた利用ができる訳でして、極端に言うと共有者の1人は商行為を行わないための使用もできることになる訳ですが、そもそも「共同で商行為の用に供する」訳ですからその特殊性に着目して、民法上の「組合(民法667条以下)」をベースに海商法で修正することにしています。
具体的に言うと、民法上の組合は組合員の個性を重視するので、
- (重要事項にかかる)業務執行は組合員1人につき1票で過半数で決める
- 業務執行組合員の選任は任意的
- (日常の)業務執行は(他の組合員から異議が出ない限り)各組合員ができる
- 損益の分配は出資額比例
- 持分譲渡は組合及び組合の債権者・債務者に対抗不可
という特徴を持つのですが、海商法では
- 業務執行は出資額比例の過半数
- 船舶管理人の選任は強制
- 損益の分配は(航海終了時における)出資額比例(ここは一緒)
- 持分譲渡は他の共有者の同意不要(ただし共有者である船舶管理人の場合を除く)
というように変わります。
ちなみにおそらくは上で述べた「一航海を単位に収支計算するかつてのスタイル」の名残と思われるのですが、新たな航海をなすか否か、また船舶に対する大修繕を実施するか否かについては重要な事項とされ、議決自体は出資額比例の過半数でできるものの、反対者については他の共有者に対し、自分の出資額を買い取るよう請求することができます。(持分買取請求権)
船舶管理人
船舶共有の場合に選任が強制されるのが船舶管理人です。これは共有者の誰かもしくは全員を相手にするよりは窓口になる人を1人定めてその人を通した方が(外部からは)たいてい便利なので、民法の組合とは異なり選任が強制されます。
選任にあたっては共有者の中から選ぶ場合には、出資額比例の過半数で決定しますが、共有者でない者を船舶管理人に選任する際には、共有者全員の同意が必要となります。共有者である船舶管理人が自己の持分を譲渡するときに自由にできる訳ではないのは、おそらくこの規定のからみでしょう。
船舶管理人の権限は、まず基本型として「船舶共有者の規定が適用される」ということが挙げられます。これは船舶借入人の場合と同様に、他の科目でも聞かれる内容です。したがって船舶共有者のできることはたいていできることになります。
しかし一方で重要な事項については共有者の議決によって決めるのが原則ですから、「船舶に保険を付すこと」「船舶のために借入を行うこと」については、その旨明記して委任を受けない限り船舶管理人はできないこととなっています。一方「船長の選任」は船舶管理人単独でできます。
船長
船長は船舶所有者によって選任され、海員を指揮して航海を成功させる役割を持ちます。
そのため、船長は船舶所有者の代理人として一定の代理権を持ちます。
この関係は「株式会社の株主と取締役」「昔の商人の旦那と番頭」などいろいろ考えてみたのですが、結局どこかがずれるもんですから、もう海商法独特のシステムだと思っちゃってください。
さて一定の代理権ですが、船籍港においては、海員の雇入、雇止だけです。これは船舶所有者の住所が原則として船籍港になるところ、船籍港においては船舶所有者が自ら権利を行使し義務を負えばいい訳ですから、船長の代理権を認める必要がないことが明らかでしょう。
しかし船籍港以外においては、航海のために必要な(裁判上、裁判外問わず)一切の行為ができます。これは「航海成功のためなら何をやってもいい」と表現してもいいくらい広汎な範囲に及んでいます。一番有名なのは共同海損な訳ですが、これは別途論じることにします。
共同海損以外の船長の権限を具体的に列挙しますと……
- 航海継続のために必要な修繕のために積荷を売却できる(共同海損に準じる)
- 違法な船積品や運送契約なき船積品であって船舶や他の積荷に危害を及ぼす危険性がある場合、その船積品を放棄できる
- 積荷に腐敗のおそれがある場合傭船者・荷送人の利益に適うよう処分することができる
- 航海継続のためなら船舶に抵当権を設定してお金を借りることもできる
- 航海継続のために船舶を修繕をすることができるし、修繕できない場合には管海官庁の許可の下で船舶を競売することができる
- 代船長を選任できる
となります。
そして法律で定められた以外の権限を船舶所有者が船長に対して付与することは可能ですが、法律で定められた権限を制限しても、この制限は善意の第3者には対抗できないとされています。これは第3者から見た時には法律上の権限すら制限されていることなど知る由もないのですから、「それは制限しているから代理権なしで無効だよ」ということになったら不測の損害を受ける可能性があるため、これを防ぐため「対抗不可」ということにしています。対抗不可ですから、当事者間、この場合は船舶所有者と船長間ではその制限は有効です。そしてこれは不測の損害を避けるためですから、第3者の方で制限の事実を知っていた場合は悪意の第3者として対抗可能になります。
一方船長は専門職として知識と能力と経験を有するものとされていますので、仮に船舶所有者が船舶の運航に際し無茶な指示をした場合には、その無茶さを指摘しなければなりません。したがって無茶な指示のとおりにして損害を発生させた場合には、船舶所有者の指示であったことを理由に、損害賠償責任などの責任から免れることはできません。
船長は船舶所有者によって解任され得ますが、解任によって受けた損害については船舶所有者に賠償を請求できます。もっとも解任が正当な事由によるものであれば、損害賠償請求は認められません。
ちなみに船舶所有者は無過失責任を負っていますが、船長は必ずしもそうではありません。例えば海員が業務として行ったことで第3者に損害を与えた場合、原則は船長も損害賠償責任を負うのですが、船長がきちんと監督していたことを証明した場合には、損害賠償責任を負わなくてもすみます。実際にはこの証明は難しいのですが、証明で免責される分、船舶所有者より責任は軽減されているのです。
民法の修正
船舶先取特権
先取特権というのは、ある種の債権については優先的に弁済をさせることが理に適っていたり、政策上必要であるということで認められる権利です。認められると財産、これはある物の売却代金だったりもしくはひっくるめて財産全部だったりしますが、これらから優先的に配当を受けることができます。そして物権とされていますから誰に対しても主張できます。債権みたいに「特定の人との間でだけ有効」ということではありません。
船舶先取特権は、船舶・属具・未払の運送賃について成立します。どんな債権が先取特権として優先弁済を受けられるかについては842条にいろいろ記載があります……が、覚える必要はないでしょう。先取特権については、抵当権と違って「先取特権が成立したかどうか外部からはわからない」ので、あまり広汎に認めると特に抵当権者に対し不測の損害を与える可能性があります。そこで先取特権については法令で制限する方向にあることを覚えておくのが有益です。
さて具体的には、船舶先取特権は船舶の抵当権に優先しますし、民法上の一般の先取特権にも優先します。海商法の先取特権も何種類かありますか、その優先関係もやはり決まっています。注意しなければならないのは、船員の給料などの労働債権と呼ばれるものです。労働債権は最優先のような気がしますが、実は航海を継続するために必要だった費用や海難救助・共同海損の費用には優先しません。運が悪いと給料なんかを払ってもらえないことがあり得る訳です。もっともこれは特別な法律で、国もしくはその関連機関から支払ってもらえることになっているのですが……船員の場合については未確認。
運送賃についての先取特権は当該航海にかかるものであって、かつ未払分に限られますが、既に航海を終えた分が除かれる訳でも、これから先の運賃である必要もありません。
なお、運送賃等の競売権は、荷受人に荷を引き渡した後2週間で消滅します。先取特権自体は物権ですから誰に対してもいつまでも主張できるはずなのですが、荷を引き渡した後でもいつまでも実行できるとなると、その荷物を買い受けた人などが不測の損害を受ける可能性が高いので、「実行するなら早めに実行せよ」というので、このような規定になっています。
船舶衝突に関する特則
船舶が衝突した場合、これは基本的に民法の不法行為責任になる訳ですが、民法の不法行為責任であれば双方に過失があって起きた事故の場合、過失相殺というものが行われます。過失の割合によって損害賠償額が減額される訳です。
海商法における特則がこの先でして、もしこの過失割合が特定できなければ50:50とされます。
さらにこの損害賠償債権は事故時から1年のうちに請求しないと、時効によって消滅します。請求相手から時効である旨言われると、債権自体消滅してしまうのです。
商法の修正
運送契約
人や物を運ぶ契約についても海商法は特則を設けています。
まず一般論として契約は守られるべきであって、契約の解除権が発生するのは、一定の事由が発生した時限られます。しかし海商法では、客の側に一定の金額を支払うことで解除を認めています。
第1に旅客ですが、発航前で旅客の側に不可抗力があった場合、運送賃の4分の1を支払った上で、不可抗力がなくとも運送賃の2分の1を支払った上でそれぞれ解除できます。発航後であれば運送賃全額を支払った上で解除できます。第2に傭船者も発航前であれば運送賃の半額を支払った上で解除できます。
ちなみに「乗らなかったんだから代金は払わない」というのは通用しません。「運んでくれ……お金は払う」という約束ができた時に、運ぶ義務とお金を払う義務はそれぞれ成立していますし、この義務を免れるためには契約を解除しなければいけないのです。そして一般的な契約では、勝手に解除することはできないのです。ここが海商法との違いです。
一方、船積期間が経過した後は、船長は直ちに発航できます。積んでいないのに出発してしまえば「運ぶ約束」を破ったことになるので契約違反になるのですが、これまた海商法の特則で、契約違反にならないことになります。まあ、これは船積期間を経過してもなお積み込みを待たなければならないとか、通常の解除の手順をふまなければならないとすれば、それだけ出航が遅れて、結果他の客に迷惑をかけることになりますから、合理性のある規定と言えましょう。
船積と言えば海商法の特則がもう2つあります。1つは、たとえ不可抗力によって運送品の一部が滅失した場合であっても、傭船者は他の運送品を船積することができないというのものです。もう1つは一部傭船者が運送品を船積した後で運送契約を解除しようとする場合には、他の傭船者や荷送人の同意が必要だというものです。同じ船に何が積まれるかは確かに重要な関心事なのでしょうが……それだけなのかなあ……。
さてこれは特則ではありませんが、旅客運賃の中には、特約のない限り旅客が携帯する手荷物の運送賃が含まれるとされます。また航海中の旅客には食糧を提供しなければなりません。この航海中という概念には、目的地に至るまでの間に船舶を修繕しなければならなくなった場合に、その修繕中の期間も含みます。確かに「その間は自費」なんてことになったら、「聞いてないよ〜」ですわな。
港についても荷受人が荷物を受け取らないことがあります。これは民法上「受領拒否」とされています。受領拒否の場合にどうしなければならないかについては、民法上も規定があるのですが、その中に「供託」という方法があります。受取拒否など一定の事由がある場合に、いつまでたっても債務者が債務を履行できないし、さりとて債務を免除されることもないというのでは、債務者が不利益ですから、債権者ではなく供託所に対してなすべきことをし、もって債務を履行したとして、当該債務を消滅させる制度が供託なのです。供託してしまえば債務者はもう債務を履行した訳ですから、それ以上の責任は負いません。ただ、供託しただけでは債権者は供託したことを知りませんので、供託した場合には債務者は債権者に対し供託したことを通知しなければなりません。通知を受ければ、債権者は債務者ではなく供託所に行って受け取ればよいこととなります。船荷については、荷受人が受け取らない場合に、原則として供託することとしておりますが、これは一般の事例では供託することもできるとしていることに比べて、若干義務化していると言えます。ちなみに、船長が勝手に処分することはできません。
傭船契約
傭船契約とは文字どおり船を借りる契約なのですが、通称裸傭船契約と呼ばれる船舶の賃貸借については既に述べたとおりです。相手方から請求があれば契約書を作成し交付しなければならないのは、海商法に限らずよく見られる話です。
これに対し、船舶に加えて船長その他の船員も込みで借りて、自己の商行為の用に供するものを定期傭船契約と呼んでいます。
定期傭船契約については、どのような性質の契約と考えるのかについていくつかの説があります。その説の分かれは、「船長その他の船員は、誰と契約しているのか、誰に対し労働を給付し、誰から給料を受けるのか。」に影響してきます。これについては、どの説をとるかというより、契約書をよく読み、契約書がなければどのような約束であったのかを確認して、それに沿って解釈するしかないでしょう。
強制執行に関するルール
船舶が発航準備を整えた後は差押も仮差押もできませんが、被担保債権が発航準備にかかる債権である場合には、差押・仮差押が許されます。差押・仮差押ともに民事執行における重要な概念なのですが、海事代理士試験ではまず出ないと思いますのでどうしても知りたい人は「民事執行法」の本を見てみてください。ここでは「対象物についての各種の権利を固定してしまう一種の裁判」くらいに理解しておけば足りるでしょう。差押、仮差押が行われると、その後に権利を取得したと主張しても一切認められないことになります。じゃあ発航準備を終えた船舶について差押、仮差押が否定されるのは、債権者の利益より傭船者・荷送人の利益を優先させたと言える訳で、確かに「本当に押さえたければもっと早くやれ。そうすれば傭船者や荷送人も別個手配ができただろう。」というのはごもっともです。
海商法独自の制度
共同海損
共同海損とは、船舶もしくは積荷の全部の切迫した危険を免れるために、船長が特定の積荷を犠牲にした際に、その犠牲を他の船舶や積荷の利害関係人に公平に負担させる制度です。
もともと船長が積荷に危害を加えれば、その積荷の利害関係人に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負う訳ですが、それが他の積荷を救ったとしても、直ちに船長が損害賠償義務を免除される訳ではありませんし、損害を受けた積荷の主が損害を免れた積荷の利害関係人に不当利得の返還請求ができるでしょうけれども、利害関係人が多数であれば、それをいちいち請求させるのも問題があります。共同海損というのは民法上の不法行為とか不当利得についての原則を修正し、共同海損の要件を満たせば直ちに公平な負担を実現できるというのがポイントです。
そこでその要件ですが……
- 船舶および積荷の全部の滅失の危険が客観的に存在しなければなりませんし、切迫したものでなければなりません。「あると思いました」というのではだめですし、切迫していないのであれば、他の方法を試みるべきなのです。そしてその対象はあくまで「船舶および積荷の全部」です。
- 船長による故意による処分でなければなりません。利害関係人が処分しても共同海損にはなりませんし、「結果的にたまたま共同海損になった」というのもだめです。「全部を救うためにあえてやるのだ」というものだけが共同海損になり得るのです。
- その船長の処分の結果、損害が発生したと言えなければなりません。損害が発生していなければ共同海損にはなりませんし、損害が発生したとしても、それが船長の行為とは無関係に発生したのであれば共同海損にはなりません。
- 船長の処分によって一時的でもいいから船舶や他の積荷が保存されなければなりません。やったけど無駄に終わったという場合には共同海損にはなりません。
共同海損の効果としては、到着地における到着時点の価格を基準に計算して、受けた損害を他の傭船者、荷受人もしくは船舶所有者に対してその積荷なり船舶の価格に比例して賠償請求することができます。この債権は計算終了時点から1年間の短期消滅時効にかかりますが、この期間内であれば船舶先取特権も認められます。
なお、利害関係人による処分については、国内法上共同海損が認められませんが、危険の発生した原因が利害関係人にある場合でも、共同海損の要件を満たす限り共同海損の効果が発生します。
ちなみに、共同海損そのものではないが、共同海損に準じて処理されるものに、前に述べた「航海継続のための船長の積荷売却」がありますし、また不可抗力による停泊費用も共同海損に準じて処理されます。
海難救助
航海に際し発生する危険で、救助を受けなければ船舶もしくは積荷の全部または一部を滅失するおそれがある時に、義務なくしてこれを救助することを言います。
まず危険になったものが船舶もしくは積荷の全部または一部でなければなりません。船舶および積荷の全部というのであれば、海難救助ではなく共同海損の問題です。
人命は海難救助の対象ではありません。人命を救助することは人道の問題であってお金の問題ではないとする歴史的経緯からです。
救助義務のある者については、救助するのが義務なのですから、海難救助の対象外です。
そして救助できなければ海難救助の要件を満たしたことになりません。
海難救助が認められると、救助した者は、救助された船舶の船舶所有者、救助された積荷の利害関係人に対し、救助料の請求をすることができます。この救助料は契約がある場合には契約によって定まりますが、それが著しく不当である場合には、裁判所に金額の決定を求めることができます。
なお救助料の上限は救助した物の価額までです。
船荷証券
船荷証券は……一回実物を見せてもらうか、ひな型をどこかで入手しましょう。その方が理解が絶対早いから……。
船荷証券というのは「これこれの運送品をどこどこで渡すからね」という権利を表した文書です。船荷証券が発行された場合には、受取人は船荷証券と引き換えでなければ荷物を受け取れません。
なんでこんな制度があるかと言えば、要するに船に積んだ荷物を、まだ船にあるうちに取引するための制度なんですね。運送契約の書面でもいいんだけど、これは荷送人から荷受人あての荷物を確かに運びますよって契約を証明する効力しかないんで、荷受人がだれかにこの書面を売ったところで、この書面を買った人が荷物を受け取れる訳ではない……。だからといって何日も先の荷物の到着を待つというのも不便。そこで考案されたのが船荷証券なのです。船荷証券に荷物の内容などを特定して記載する、そして船荷証券を発行した際には船荷証券と引き換えでなければ荷物を受け取れないこととする(受戻証券性)、さらに証券の記載と荷物の内容が食い違っても、証券の記載が優先することとして(文言証券性)、荷物について売買などを可能にするけど、それら権利の処分に際しては、船荷証券を必ず要求する(処分証券性)ことにすれば、船荷証券をやりとりすることで、あたかも荷物自体をやりとりすることかのように扱うことが可能になります。
これが船荷証券の目的なのです。これらは実は船荷証券独特のものではなく、貨物引換証と類似したものであり、実際、海商法の規定も貨物引換証に関する571条以下の規定をベースに組み立てられています。
したがって船荷証券には「実際にその船に積み込んだこと」の証明が要求されません。船荷証券の発行が求められると船長は自らもしくは他の者に委任して(船舶所有者が考えられますが)、特定の記載事項を記載した上で(これは法律上要求されています。)署名し、(これまた法律上要求されています)発行しなければならないのですが、ひとたび発行された以上は、船荷証券はその記載のとおりのものとして効力を有するのですから、実際の船荷がどうであったかなど、ある意味どうでもいいことなのです。その責任をかぶるのが嫌であればそもそも船荷証券を作る際に気をつけなさいよということなのです。
もっとも外航船の場合には、日本の商法だけが適用される訳ではないので、この点は若干緩められ、場合によっては文言どおりでないことについての責任が緩和されますが……。
さて船荷証券については、傭船者・荷送人の要求により同一内容の複数の船荷証券を発行することができますが、これって「船荷証券とともに権利を移動させる」「船荷証券と引き換えに積荷を渡す」というシステム上、トラブルの素ですよね?だけどそれを認めているのはそれなりのメリットがあるからなんですが……。(どこかで聞いたことがあるのですが忘れてしまいました。)
海商法では複数発行の際の実際の荷物の受け渡しについてルールを定めて、まぎれを防いでいます。
- 誰か1人だけが来た時はその者に渡さなければならない。
複数発行を理由に拒否することはできない。
渡してしまうと他の船荷証券は無効となる。
- 2人以上が来た場合には、積荷自体を供託して通知しなければならない。
これによって「積荷を引き渡す義務」は果たしたことになる。
引き渡せと要求した側は以後供託所に対して自分が権利者であることを証明して、証明できた者が受け取れることになる。
海上保険
海商法の保険の規定は、629条以下の保険の規定の特則となります。
基本的に保険というのは、一定の事故が発生した際に、所定の金額を支払ってもらう代わりに、保険料を支払うことを内容にしたものです。
所定の金額というのは、たとえば海商法における船舶についての保険の価額は、保険責任開始時の価額になります。
そして通常は契約の中で船舶、航路、運航内容などを特定して、それについての事故という限定をつけるものですから、責任開始時と呼ばれる、事故が起こった時に保険金支払の対象となるスタート時点までに、これらの内容が変更された場合には、前提が変わっちゃうのですから保険は効力を失いますし、責任開始後であっても、これらの内容が変更された場合には、変更された部分について保険の効力は失われることになります。しかしこれらにはいくつかの有力な例外があります。
第1に、船長を指定した保険であっても、船長が交代したからといって、保険が無効になることはありません。これは船長は知識・能力・経験を有する専門家であるから、船長が変わっただけで危険が変動する訳ではないとする発想からです。
第2に、到達港が変更された場合は、保険の効力は原則失われますが、不可抗力による変更であれば、効力は失われません。おそらく不可抗力による到達港の変更は割とあり得ることなので、その程度の変更は保険会社側で見込んでおきなさいよということだと思われます。
さて、実際に事故が発生したとします。そうすると保険料を支払った側すなわち被保険者は、いざという時に保険金を支払う側すなわち保険者に対し、対象となる物にかかる権利の一切を保険者に譲ることで、保険金の支払を請求することができます。これを「委付」と呼んでいます。この委付の性質は被保険者の単独行為であって契約ではなく、保険者の同意は不要とされています。また委付時には委付原因を証明することも不要とされており、委付について保険者が承認しなかった時に、改めて委付原因の証明をすればよいこととされています。
委付の原因については沈没などいくつかのものがありますが、行方不明を理由にする場合には、他の海事関係の諸法規(3か月のものが多い)とは異なり6か月間行方不明であることが要求されます。
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