自動車を運転して人の身体に危害を加える罪

 自動車を運転した結果,他人に怪我をさせたり,死亡させた場合には,故意がないということから,当初は過失傷害罪を適用していました。しかし,交通戦争とも呼ばれた運転免許保持者,自動車の増加そしてこれにともなう事故の増加が見られるようになり,しかもその中には,運転者の運転態度に問題がある例が相当数見られたことから,徐々に重い刑罰が科せられるようになりました(業務上過失致死傷罪の適用,法定刑の引き上げ,自動車運転過失致死傷罪の新設,危険運転致死傷罪の新設)。
 これらの改正でもまだ不十分ではないかという声がある一方で,刑法内の他の規定との整合性の面ではもともと問題の残る改定であっため,もはや刑法の枠内で他の規定との整合性をとりつつ改正するのは困難だということになり,平成26年5月20日に施行された自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律により処罰することに改めました。
 「刑法概論の概論」は,刑法の簡単な説明をする目的のもので,刑法以外の特別法は扱わないのが原則ですが,自動車事故にともなう刑事事件の件数と,業務上過失傷害罪等との関連性が高いことに鑑み,この項で説明することにします。
危険運転致死罪(2条)・危険運転致傷罪(2条)・無免許危険運転致傷罪(6条1項)
 従来,刑法の危険運転致死傷罪として規定されていたものです。
 おおざっぱに言うと,あまりにも危険すぎる運転をした結果,人を傷つけたり,死なせた場合に成立します。人を傷つけるつもりや死なせるつもりがなくても,あまりにも危険すぎる運転の結果であれば重く処罰しようとするものです。
 「あまりにも危険すぎる運転」の型を条文では6つ定めていますが,いくつかのグループに分かれます。
 第1のグループは,アルコールや薬物を使って,正常な運転ができない状態なのに運転したものです。(1号)
 第2のグループは,身の程を知らない運転です。2号では異常な高速運転を処罰し,3号では高速運転に限らず,その運転者の技術では土台無理という類の運転を処罰します。言い換えるといくら本人が「自分はコントロールできる」と言い張り,実際それが証明できたとしても一定速度以上であれば2号が適用されます。(また,実際には,事故が起きた以上,「コントロールできた」と言っても信用されないでしょう。)一方,その運転者の技術では無理だという場合には,高速運転に限らず3号が適用されます。
 第3のグループは,車を走らせてはいけない場所・状況で,危険な高速運転をしたものです。車を走らせてはいけない状況が,赤信号で停止していなければならない場合が5号,車両通行止め,歩道や安全地帯などの車両侵入禁止部分,一方通行の逆走,反対車線走行などが6号になります(ちなみに6号は平成26年5月20日施行分で新設されました)。第3のグループについては,危険な高速運転というしばりがついています。これは,2号の異常な高速運転というほどの速度ではないが,第3のグループにあげた状況では危険な速度であることが要求され,それ以下の速度の場合には2条の危険運転致死傷罪は成立しないとしています。たとえば歩行者専用道路を走行したとしても,すぐに止まれるような速度にすぎないのであれば,2条の危険運転致死傷罪ではないということなのです。
 第4のグループは,いわゆる後からあおる行為や直前に割り込むような行為です。これも第3にグループと同様,一定の速度以上であることが要求されます。
 これらの危険運転の結果,人を傷つけた場合,15年以下の懲役。人を死なせた場合,1年以上20年以下の懲役。
 3号の「技術不足」以外については,無免許による加重があります(6条1項)。人を傷つけた場合に6か月以上20年以下の懲役。人を死なせた場合は元々1年以上20年以下の懲役なので,特に重くはしていません。無免許による加重が適用される場合,道路交通法違反罪(無免許運転)は吸収されてしまい,併合罪加重の対象になりません。
危険運転致死罪(3条)・危険運転致傷罪(3条)・無免許危険運転致死罪(6条2項)・無免許危険運転致傷罪(6条2項)
 ある種の運転について,従前の危険運転致死傷罪は適用できないが,さりとて従前の自動車運転過失致死傷罪では軽すぎるという批判があったため,その類のものを重く処罰することとしました。
 第1のグループは,アルコールや薬物を使い,2条が適用できるほどではないが,正常な運転ができなくなる可能性があったのに,それでも運転した結果,案の定正常な運転ができなくなって,それで人を傷つけたり,死なせた場合に適用されます(1項)。
 第2のグループは,一定の病気にかかっていて,正常な運転ができなくなる可能性があったのに,それでも運転した結果,案の定正常な運転ができなくなって,それで人を傷つけたり,死なせた場合に適用されます(2項)。第2のグループについて気をつけなければならないのは,一定の病気であること自体で運転が危険だとか正常な運転ができなくなる可能性があると判断されるわけではないことです。だから単純な病名があげられているのではなく,修飾語が必ずついています。その修飾語があてはまらないのであれば,3条の危険運転致死傷罪は不成立です。また,ばくぜんと,もしくは遠い将来正常な運転ができなくなるというのではだめで,たとえばどこかに行こうとして運転をはじめて目的地に着くまでの間に正常な運転ができなくなるというものでなければなりません。したがってこの病名については,条文を正確に引用することとします。
「自動車の安全な運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する統合失調症」(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令3条1号)
「意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)」(同2号)
「再発性の失神(脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気であって,発作が再発するおそれがあるものをいう。)」(同3号)
「自動車の安全な運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症」(同4号)
「自動車の安全な運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがあおそれがある症状を呈するそう鬱病(そう病及び鬱病を含む。)」(同5号)
「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」(同6号)
 人を傷つけた場合,12年以下の懲役。人を死なせた場合,15年以下の懲役。
 無免許の場合の加重があり,人を傷つけた場合15年以下の懲役。人を死なせた場合,6か月以上15年以下の懲役。  
過失運転致死アルコール等影響発覚免脱罪(4条)・過失運転致傷アルコール等影響発覚免脱罪(4条)・無免許過失運転致死アルコール等影響発覚免脱罪(6条3項)・無免許過失運転致傷アルコール等影響発覚免脱罪(6条3項)
 アルコール・薬物を使って,正常な運転ができなくなるかもしれないのに,運転し,結局事故を起こして人を傷つけたり,死なせた場合,その程度や事故直前の状況によって2条が適用されたり3条が適用されるのですが,刑事訴訟の大原則が,「犯罪を犯したという証明は検察官がしなければならない」ということから,事故直前の飲酒や薬物使用の状況を検察官が証明しなければならず,それは通常,事故直後の測定結果と時間経過,さらには運転者の行動等を総合考慮して推測していたのですが,危険運転致死傷罪の適用を免れるために,事故直後にあえて飲酒したり薬物を使用した例があり,その結果,事故直前の状況が証明できなくなって,危険運転致死傷罪の適用を見送ったことで,批判がなされました。この場合,刑法の同時傷害の特例のように,事故後の結果から一定の場合には事故直前の状況を推定し,そうではないとする被告人側がそうではないことを証明しなければならないとする方策も考えられるのですが,本法では端的にそのようなごまかしをした場合には3条と同じ刑にすると定めました。アルコール・薬物の使用にはじまり,運転,事故,ごまかし行為の一連の行為をまとめて本条によって処罰します。
※とはいえ,事故を起こしたと知った上でごまかしをした点は,相変わらず検察官が証明しなければなりません。
 人を傷つけた場合死なせた場合ともに,12年以下の懲役。
 無免許の場合の加重があり,人を傷つけた場合死なせた場合ともに,15年以下の懲役。
過失運転致死罪(5条)・過失運転致傷罪(5条)・無免許過失運転致死罪(6条4項)・無免許過失運転致傷罪(6条4項)
 従前の自動車運転致死傷罪にあたるもので,自動車を運転していて人を傷つけたり,死なせた場合で2条や3条の危険運転致死傷罪及び4条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪が成立しない場合に適用されます。
 人を傷つけた場合死なせた場合ともに,7年以下の懲役,7年以下の禁錮,100万円以下の罰金,刑の免除可。
 無免許の場合の加重があり,人を傷つけた場合死なせた場合ともに,10年以下の懲役。
(2014.6.10)
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