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海事各法に入る前に

 海事各法に入る前に、法解釈を学ぶ上でいくつか覚えなきゃいけないことがあります。それを整理しておきましょう。

特別法は一般法に優先する

 いわゆる海商法の分野が商法の特別法であること、商法が民法の特別法であることは既に述べました。ですんで海商法に規定がない場合には商法の第1編から第3編までを、商法に規定がない場合には民法の規定をそれぞれ確認しなければなりません。
 海商法のところを見て答えがないからと言ってそれで終わりでは、法解釈の基本事項がわかっていないというので、信用を失いますよ。
 それと、海商法と民法で書いてあることが違ったら、それは海商法優先です。民法に書いていることを優先させたら、法解釈の基本事項がわかっていないというので……(以下省略)
 とは言え、特別法ってそもそも適用範囲が限られているんで、適用範囲外のことについては特別法は出てこないということを忘れちゃうと、法解釈の基本事項が……(以下省略)
 ちなみに海事各法の中でもこういう特別一般の関係が出てきます。
 試験範囲には含まれていない海上衝突予防法は、海における衝突防止の一般法なのですが、一定の港に適用される港則法や一定の海域に適用される海上交通安全法が海上衝突予防法の特別法に該当します。

民法や商法は原則的に任意規定・補充規定である

 法律学を学ぶとき割と初期の段階で「私的自治の原則」というのを学びます。すなわち人間と人間との間のことがらについては、できるだけ当人どうしにまかせて、国家がむやみやたらに介入しないようにしよう……という話です。ですんで、当事者間に何か紛争が起こった、何が起こったかを正確に把握した後でやるべきことは「当事者間にどんな約束があったのか」なのです。もし当事者間に約束があったのであれば、その約束を基準に判断するというのが原則になります。この点で、民法や商法の規定というのは、約束には優先しないものなので、法律に反することを約束で定めていいことになることから、当該法律の規定のことを「任意規定」と呼びます。また任意規定というのは見方を変えれば、「当事者が約束をしなかったとき、もしくはあいまいな時に契約を補充するために定められている」と言えますから、「補充規定」という言い方をすることもあります。
 ただしこの原則には例外がありまして、民法や商法の規定の中にはたとえ法律と異なる約束をしたとしても、その約束を無効にしてしまう規定があります。それを「強行規定」と言います。どれが任意規定か強行規定かの区別は難しいので、法律の解説書などを見て確かめるしかありません。
 ですから強行規定でもないのに「民法のこれこれの規定に反して誤り」というのはそれこそ誤りなのです。強行規定でなければ「契約できちんと定めておけば有効」ということはきっちり覚えておきましょう。

ところが行政法はそうはいかない

 いよいよ海事法令に進むのですが、海事法令は(実は国土交通省設置法もなんだけど)「行政法」というくくり方をされることは覚えておいてもいいでしょう。法解釈学では行政法という分野は1つの研究分野として確立しています。というのは、民法とか商法には見られない特徴があるからなのです。
 さて例えばなんで船は勝手に作れないんでしょう?この疑問の究極的な答は、「法律でそのようになっているから」なんですね。これは当たり前と感じる人がいるかもしれませんが、行政法というのはここからスタートするのです。具体的には「法律による行政の原理」と言いますが、行政機関は行政機関であるがゆえに固有の権限を持つのではなく、国会の定める法律にその権限のルーツがあるとされるのです。(だから国土交通省設置法が定められるのだよ……。)
 で、国会がいろんな法律を定める、法律の範囲内で法律を実行するのに必要な事項は、政令(内閣が定めるもの)、省令(各省で定めるもの)、通達(各省が省内に向けて定めるもの。本来は一般国民向けの効力は持たないが、通達に反する行為は認めてもらえないという形で間接的に事実上の効力が生まれてしまう……。)という形で定めていくことになるのですが、結局これらは「行政が自ら妥当と考える施策を実施するために法律の範囲内で認められる」ということになります。
 ですんで、海事法令を学ぶ際には、「行政は何をしたいのか?」というのを意識しながら学ぶことが肝要になるという次第なのです。
 さて、施策を実施するために行政が行う措置というのは、大きく分けると3つに分類されます。すなわち「一般的に禁止する」「情報を集める」「GOサインを出す」です。その他になにかの振興・促進のために積極的行為を行うこともあるのですが、これは海事代理士試験ではまず出ません。
 この3つのうち「一般的に禁止する」というのはわかると思いますが、「情報を集める」というのはいろいろなやり方があります。海事代理士試験で聞かれるのは、「申請書を出させる」「届出書を出させる」「報告書を出させる」のどれかですし、申請書に対しては明示で許否を判断することにより、届出書や報告書に対しては明確な指示をしないことによりGOサインを出しているんですね。海事代理士試験だって、申請書を書かせて受験者の情報を収集し、受験者に対し問題を出して答えさせることによって、その受験者の知識や能力という情報を収集し、最後海事代理士としての業務を行うことにGOサインを出しているでしょ?
 ですんで、海事法令を学ぶ際の第2のポイントは、情報を集める手段として何を採用しているのか?というのをきちんとおさえておくことになります。免許・許可・認可というのは、行政からの「免許・許可・認可」というGOサインが出ない限りやっちゃいけないよってパターンですし、「届出・報告」というのはダメだしをしなければ大丈夫ってパターンです。(そしてたいていのことではダメだしできないことになっていますし……というのが法の建て前。実際には「不備があるから受け付けない」って技で、事実上ダメだしをすることがあるんですが……それって行政手続法の対象になるんじゃないか?まあ実務についたらそういうパターンもあり得ることを覚えていた方がびびらなくていいでしょう。)
 ここでタイトルの「行政法はそうはいかない」ですが、そうとは何か?
 これは「民法・商法は任意法規で補充法規」って話です。行政法は任意法規でも補充法規でもありません。たいていは罰則付きで国民に義務を課したりしています。
 ちなみにこれは余談。免許とか許可で事業自体を規制する場合、料金等は「認可」を要求するってパターンが結構多かったりします。そもそもが免許・許可は、それが重要だからこそそうしている訳でして……。細い事項についても別途コントロールを及ぼしたいし、さりとてそれを毎度「免許や許可」でやるのも煩瑣ですからね〜。

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