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契約成立時までの問題……目次

 ここでもう一度契約成立の基本形をおさえておきましょう。
 ぺんぎん屋では、注文が届くとすぐに返事はせず在庫を探し、物があるのを確認して、それから代金決済の方法や納期などを打ち合わせて、話をまとめていました。
 仮に売れ筋の商品(例えばぺんぎん抱き枕にしてみましょう)で、注文書の中に「代金決済方法と納期については代金引換郵便で」などと書いてあって、打ち合わせる必要が全くなかった場合を考えてみましょう。
 この場合、客は何かの心の動きがあって、それはたとえばぺんぎん抱き枕を買って幸せな眠りにつきたいってことかもしれませんが(動機)、そのために「ぺんぎん屋から9800円(税別)でぺんぎん抱き枕を買おう。代金引換郵便で送ってもらうことにしよう。」と決めまして(効果意思)、「その旨注文書を書いて送ろう。」と決めます(表示意思)。そしてそのとおりに注文書に書き(表示行為)発送する訳です。
 今度はその表示行為が相手にどう伝わるか、段階を追って見てみましょう。
 仮に郵便で送るとします。そうすると表示行為の段階で客観的に見てもなんらかの意思表示がありそうだってこと(表白)はわかる訳です。表示行為がないと、内心のことだから客観的にはよくわからない。
 さらにそれを郵便で送ることにして、封筒に入れ封をし切手を貼ってポストに入れる(発信)でしょう。
 ポストに入った郵便は、郵便局の人が仕分けし輸送して、相手方の郵便受けなどに入れます(到達)。
 相手は郵便受けの郵便を開けて中を見て、注文があったことを知る(了知)次第。
 ちなみに注文を受けることにすれば、「そのように売ろう」と決め(効果意思)、「受注書」を作ることにして(表示意思)、そのとおりの受注書を作り(表示行為)、発送する。発送するに際しては、発信、到達、了知の順を踏むのも一緒。
 じゃあこの手順で、契約が成立したと言えるのはいったいどこでしょう?

 これは民法で「承諾の意思表示を発信した時」となっています。
 ぺんぎん屋の例で言うと、「受注書をポストに入れた時」な訳。

 詳しく見てみましょう。
 意思表示の効果発生の一般原則としては「相手への到達」をもって効果発生としています(民法97条1項)。まず表示行為があるまでは、他の人にわかる訳がないんだから論外。自分のところにあるうちは、相手が知るよしもないだろうからこれもだめ。ポストに入れた時点すなわち発信の時点で自分の手を離れた訳だけど、日本の民法では原則として発信ではだめだと定めたのです。もっともこれはどう定めるのが妥当かというレベルになっていますので、いくつか発信でOKという例外規定もございます。もっとも原則は発信ではだめで相手方の郵便受けに入れる、すなわち「到達」が必要と。そして実際に相手が読むこと、すなわち「了知」まではいらないとしました。これは「到達したら読もうと思えば読めたのだから、あとは本人の判断でどうぞ。」という考え方から、到達で十分としたものなのです。
 ところで、例外のうち一番最大のものが、契約成立要件としての承諾の意思表示でして、民法526条1項により、契約は承諾の通知の発信時だとしている。承諾の意思表示だって意思表示ですから原則は到達時に効力発生なのですが、526条1項がこう定めたおかげで結局承諾の意思表示は発生時点で有効ってことになり、契約成立は526条1項のとおりとなる次第。
 
 まとめると、

ということになります。

 もっとも実際の契約は、観念的に整理されたこのモデルどおりに進むものではありません。ぺんぎん屋でも、何回かのやりとりをして条件を詰めるのが普通です。それだけでこれがモデルにすぎないことがわかるでしょう。
 しかし、何か問題が起こった場合、法律がこのモデルを想定している以上、このモデルに即して考えることが必要になります。そして、どこがどのくらい外れているのか、それをきちんと把握する必要があります。
  1. 店頭販売の場合(スーパーマーケットやコンビニの場合も含む)
  2. 意思表示の行き違い
    意思表示の不着・延着・撤回
  3. 意思表示が大人の自由意思で行われたとは言えない場合
    未成年・後見・保佐・補助・詐欺・強迫
  4. 意思表示と本心が違っている場合
    錯誤・心裡留保・通謀虚偽表示
  5. 物がない!part1
    他人物売買・原始的不能
  6. 余談 内容証明郵便・特別送達郵便

 注意しなければならないのは、商売の場合「損して得とれ」などの商いの言葉があるように、お客さんに対する(おまけという意味での)サービスや、世間の慣行によって、(そしてそれは将来的にはお客に好印象を持たせることで次の商売の機会に期待するという点で自分のためでもあるのですが)法律上の義務ではないにもかかわらず客の求めに応じることがあるってことです。そしてそれをもって「法律上の権利義務」と勘違いしてはいけないということです。サービスはいくら繰り返し行われてもサービスにしかすぎません。
 これはお客の側も同様でして、店が多少法律にあわないことをしても、特に法律上の権利を主張しないことはあり得ます。その時に店の側は「この客については法律上の権利が消滅した」ってことにはならないし、次に同じことをやって文句を言われたからと言って、「前回は文句を言ってないから法律上通らない」なんてことにはならないのです。
 「お客様は神様です」というのは「損して得とれ」の類の言葉であって、法律上の義務を表したものではありません。法律上はあくまでお客も店も対等です。

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