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意思表示の行き違い

 意思表示が行き違った場合、どうなるでしょう?
 もっともここでは意思表示自体には何の問題もないことを前提にします。
 問題がある場合の処理は別項をどうぞ。

意思表示が相手に届かなかった場合

 まず申込の意思表示が相手に到達しなかった場合ですが、「意思表示は到達してはじめて効力を発生する」という原則どおり、届かなければ効力が発生しません。
 申込が届かなければ、申込があったことなど知る由もないので、何も起きないのは当たり前と言えば当たり前ですが……。ただ届いていないってことは普通は申し込んだ側ではわからないでしょう。申し込んだ側では返事がないと、契約が成立するかもしれない、不成立になるかもしれないという不安定な状態になる訳ですが、これはある程度は仕方がないことです。もし返事を出す期間を定めたのであれば、その期間は待たなきゃいけないし、期間後には申込自体効力を失いますので(民法521条2項)それ以上待つ必要がありません。期間の定めがなければ521条2項のような明確な定めがないのですが、でもこれは申し込んだ側で期間を設ければよかっただけの話で、それをしない以上その不利益を申し込んだ側が被るのも仕方のない話です。いずれにせよある程度は待たなきゃいけない訳で、その間不安定な状態におかれることは覚悟しなければならないという次第。
 次に承諾の意思表示が相手に到達しなかった場合。これもまた前に述べたとおり「承諾の意思表示が発信された時点で契約は成立している」のですから、たとえ届かなくとも契約は成立したことになります。でもこれは結構問題になり得ますね。承諾の意思表示が届かないと申し込んだ側としては相手が承諾したかどうかわからない。なのに突然物が送られてきたり、契約不履行だと言われたりする可能性が否定できない……。これは実は承諾した側にもある程度言える訳で、普通は承諾の通知をすればそれは届くだろうから、契約成立だと思っているんだけど、相手はそうは思っていなかったという……。
 このことを回避するための究極的な手段というのは法律では用意されていません。せいぜいが意思表示が相手に到達したことを証明するために内容証明郵便を配達証明付きで送るくらいでしょうか?でもこれだって後の紛争の時に証拠になるというだけであって、危険を回避できるという保証はありません。またたいていの商取引で契約を成立させるのに内容証明郵便は使わないでしょう。そんなに重要な契約ならおそらくは書面作って持参して押印を求めるでしょうし、重要じゃなきゃ普通郵便等で何回か連絡をとりあってこの種のトラブルを回避しているはずです。もっと重要でなければ「その時はその時だ」式で対処するのもありでしょう。

意思表示が遅れて届いた場合

 昔は(日本じゃないけれども)「30年前に出した郵便が届けられた」みたいな話が報道されたのですが……。(そう言えば最近は聞かないな〜。)あまりにも遅れて届いたような場合はどのように扱うのか……。
 まず有効期限を定めた申込であればさほど問題はありません。有効期限内に承諾の意思表示が届かなければ、申込自体効力を失う(521条2項)ので、届いた時にその有効期限が切れていれば結局申込の効力はありません。また届いた時に有効期限が短すぎるからといって有効期限が自動的に延長されるというような規定もありませんから、この場合でも有効期限の経過とともに申込が効力を失うことになります。どうしてもその契約を成立させたければあらためて交渉すればいいだけなんで、申込自体を失効させてもそれほど困ることもないのです。
 次に有効期限を定めてない申込の場合はどうか。これは民法には何も定めがありません。ここで525条による申込者の死亡等がない限り申込が有効であると解することもできますし、それはあまりにも非常識なので、一定期間をすぎれば無効になると解することもできましょう。(私はよくわかりません。時効制度があるのに、申込がいつまでも有効というのは確かに非常識なのですが、一方で524条は「相当な期間は取り消すことができない」と定めており、これは「相当な期間をすぎれば取消可能になるんだ」という意味ですから、原則は取消を要する、取り消さない限りは効力を失わないとなるわけでして……。で、現実にはどうかと言えば、そんな昔のことに承諾だけするってえのも考えにくく、通常は「これはまだ有効ですか」と問い合わせるだろうし、また有効期限を切れば問題にならないんで、実際上の問題はないから、まあいいのかなと思っています。……あたし民法の専門家じゃないし。(笑))
 承諾の方はどうでしょう。
 承諾の方は発信主義だという話をしましたが、これは正確には「発信時に効力が発生する」という規定があるからではなく、526条により「発信した時に契約が成立する」ということだと説明しました。一方で521条2項は、有効期間内に承諾の通知がなければ申込の効力が失われるとしており、これによれば承諾を発信しても届かなければ申込の効力がなくなる結果、契約は成立しないことになります。一見矛盾するこの2つの規定は「有効期間内に承諾の通知が届かなければ契約不成立、届けば契約成立で、その時の契約の成立はいつかと言えば承諾を発信した時」と、いわば届くことが一種の条件として承諾発信時に成立すると解することになっています。ところがややこしいのは521条2項には例外規定が2つありまして、そのうちの1つは「普通だったら期間内に届くだろうな」ってことが承諾を受け取るべき相手方である申込者でわかっても不思議はない場合には、受け取った時点で「これ遅れて届いたからね(=だから契約は成立しなかったよ)」と通知してあげないといけない(522条1項)、もしその通知をしないと「期間内に届いたものとみなす」(522条2項)すなわち契約成立となるのです。ああ、ややこしい。
 だから有効期間を定めた場合には、期間後さらに一定の猶予期間、ロスタイムがあると思えばいいのかな……。
 期間内に承諾の通知が届けば契約成立で全く問題ないし、承諾発信時に成立と。
 期間内に承諾の通知が届かなくとも、「普通だったら期間内に届くだろうな」というロスタイム内なら、「遅れて届いたから契約不成立」だと言わない限り、やはり契約成立で、承諾発信時に成立となる。遅れて届いたと言えば不成立ね。
 で、さすがにロスタイムもすぎると契約は不成立と……。
 ちなみに契約不成立となっても、再度契約の申込からやらなければならないかというとそうではありません。今度は2つめの救済規定である523条により承諾の意思表示を「新たな申込」とみなすことができるという規定が使えます。そうすると、遅れた承諾に対し、さらに承諾することで契約を成立させることが可能になります。
 さて有効期間の定めがある場合は以上のとおりですが、最初から有効期間の定めがない場合にどうなるかと言えば、これも明確な定めがなく、定めがない限り有効と解するのも可能ですし、一定期間をすぎれば無効と解することもできます。もっとも申込と異なるのは、届かなくとも有効であるのに、遅れて届いたら無効というのは説明がつきにくいという点です。これを考えると遅れて届いても有効、言い換えれば承諾の発信があれば普通に届こうが遅れて届こうが結局届かなかったにしてもいずれ契約は成立とするのが意外に簡明かもしれません。そしてこれによる不都合は、最初から有効期間をつけるとか、互いに確認するとか、いろいろあるのでそれで回避すると……。

撤回

 意思表示をしたけど「や〜めた」なんてわがままが通るのか?って話。
 まずこの種のわがままは一般論としては通らないと思っておくのが正解だと思います。最終的には「信義則違反」をとられてしまうのかな?特段の規定がない限り通らないと覚えておくのがいいでしょう。
 さて話が簡単なのは、承諾の意思表示。これは結局「承諾の発信時に契約成立」な訳ですから、「や〜めた」というのは通りません。成立した契約の拘束力が発生しておりますので、原則としてそこから逃れることはできませんし、逃れられる例外のためにも一定の手続と負担が必要になるでしょう。
 一方、申込の意思表示については、「到達時に効力発生」で、到達しなければ効力は発生しないことに鑑みて、到達前に「や〜めた」ということが伝われば、その後に申込の意思表示が到達しても、その申込の効力は失われると解されています。到達した後は原則として「や〜めた」というのはききませんが、到達しても承諾の通知がない場合に、なお「や〜めた」というのが効かないかと言えばそうではなく、521条1項や524条を反対解釈して、期間の定めがない場合には承諾の通知を受けるために相当な期間を過ぎた後に、期間の定めがある場合にはその期間を過ぎた後に、撤回は可能であると考えています。(もっとも期間の定めがある場合には、その期間内に承諾の通知が来ないとたとえ遅れて届いても「遅れて届いたのでだめです」と通知すれば契約不成立だし、もっと遅れたり、届かなかったりすればやはり不成立なので、あまり実益がないかもしれません。一方期間の定めがない場合には、申込をしたことの拘束力から逃れる有力な手段にはなるでしょう。)

商法の特則

 商法が適用になる場合には、契約成立の条件が若干異なっています。
 まず、直接話しているものどうし、例えばぺんぎん屋に来て商売の話をしている中で申込があった場合、これは申込を受けたら直ちに回答しなければならず、回答がなければ申込の効力が失われるとされています。
 次に遠隔地にいる場合、通信販売もそうですが手紙でやりとりするような場合ですね。この場合には民法では相当の期間内は「取消不可」とされておりさらに相当の期間経過後も(若干異論はありますが)取消がない限り申込は有効とされていますが、商法では508条1項により、相当の期間内に承諾の意思表示の発信がない限り、申込が無効になります。
 さらに普段から取り引きしている相手からの申込で、かつ自分の営業の範囲内の取引についての申込であれば、その返事を遅滞なく答えないといけませんし、もし答がなければ申込を承諾したものとみなされます。基本的に相手に一方的に回答義務を課すというのは例外なのですが、商法では「自分の営業範囲内」「普段取り引きしている相手からの申込」という2つの条件を満たす時に、相手に回答義務を負わせたのです。

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