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店頭販売の場合(スーパーマーケットやコンビニの場合も含む)

 ぺんぎん屋ではやってませんが、たとえば近所の個人商店では店先に値札をつけて商品を並べ、お客さんがこれちょうだいなんて言うと、へい毎度なんか言ったくらいにして商品を包んで渡してお金をもらうなんてことをしてますよね。これは通信販売とちょっと形態は違うのですが、一般的には通信販売と同様に考えて、通信販売で行われるような手順が即時に一気に行われたと考えるのが通説の立場です。
 具体的には、お客さんの「これちょうだい」が申込、「へい毎度」と言いつつ商品を包むのが承諾になるのです。この時点で売買契約が成立し、商品を渡してお金を支払う権利義務が発生します。その後直ちにこの決済が行われ、売買契約は目的をはたして消滅するということになります。
 こう考えますとスーパーマーケットも同様です。ただし「これちょうだい」とか「へい毎度」という申込や承諾を示す言葉がありませんが(意思表示がないかのように見える)しかし商品をかごに入れ、レジに持っていく行為というのは、世間的には売ってもらうためにやることであり、買うつもりがないのにそんなことをする訳がないと解釈されています。したがってその行為をもって「(黙示の)申込」にあたると考えていいのです。そしてレジ担当者がレジを打って値段を計算する行為が同様に「(黙示の)承諾」ととらえていいこととなります。そう考えると明示の「意思表示」がなくとも意思表示があると見るべき場合があるということになります。

ルフィミア
値札をつけて商品を並べるのが申込で、これちょうだいとかレジに持っていくことが承諾にはなりませんか?
まさと
講学上は「申込の誘引」という概念が存在しており、これは「申込」の前の段階であって「申込」とは別物としております。
ルフィミア
講学上って?
まさと
「講学上の概念」などという使い方をします。法律そのものにはそのような用語は使われていないんだけど、法律学において説明する時にある範囲のものを1つの集団としてとらえてそれにネーミングをすると説明しやすいってことはある訳でして、それでネーミングされたものを講学上の概念と言います。
で、話を元に戻しますが、私の上の説明は、「値札を貼って並べるのは申込ではなく申込の誘引である」という立場からの説明です。でも、実際、東京大学の内田貴先生は「もし申込の誘引とすると、客が買いたいと言っても断れることになる。しかし、商品の陳列はそのような意図でなされてはいない。……(中略)一般に、相手方の個性が重要である場合には、単なる申込の誘引と見るべきである。」と述べています(「民法I」東京大学出版会1994年)。しかし私はこれには賛成していません。この場合「これを売りましょう」という申込だと考える訳ですよね。で、「これを売りましょう」と言う相手は誰かと言えば、商品を並べた時点では不特定多数ということになります。売買契約は「誰と誰との間」ということが重要視されますから、「不特定の誰か」に対する申込というのはこの点で不自然さが残ります。さらに刑事の詐欺事件の立証に際しては、「払ってもらえると思って売ったんだ。もし払ってもらえないとわかって言えば売らなかった」という点を重視します。すなわち売り手の方で断れることが前提になっているんですね。売り手の方で断れないのであればたとえお金をはらってもらえる見込みがなくても、極端な話お金がなくても、売買契約は成立したと見ざるを得ない。商品の引き渡しは(だいぶ後で触れると思いますが)同時履行の抗弁権があるから渡さなくともいいけど、売買契約の拘束力は発生して、別途何らかの手を打たないとこの拘束力を消滅させえないというのは、それこそ売り手は「そういう意図を持っていない」というはずですし、構成として技巧的ではないかと思います。商品を並べて値札をつけるのはいわば広告と一緒で、この時点で申込と解さない方がいいと思います。
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