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2010年3月19日札幌地裁でNHK敗訴?

(本稿は当初2010年3月20日にマスコミ報道のみに基づいて作成されましたが,札幌地裁判決が入手できたことから2010年6月9日に全面的に差し替えられ,2010年11月6日にやはりマスコミ報道のみで加筆していますが,このたび札幌高裁判決が入手できたことから,さらに全面的に差し替えられました。2011年5月31日最高裁が上告棄却したとの報道がなされていますが,判決がまだ入手できておりません。入手後,全体の書き換えを行いたいと考えています。)

 2010年3月,札幌地裁で受信料を請求した訴訟でNHKが敗訴したというニュースが流れました。この判決は,2010年11月の札幌高裁判決によって破棄され,NHKによる受信料請求が認められています。さらに時事通信他のマスコミの各報道によると,この札幌高裁判決及び別の東京高裁判決について,受信料請求を認めた判決を不服として請求された側が最高裁に上告していましたが,2011年5月31日最高裁はいずれの上告も棄却する判決を出した模様です。最高裁判決自体はまだ確認していませんが,地裁・高裁の判決がともに入手できましたので,現時点での状況を整理しておきたいと思います。
 なお,平成22年3月19日札幌地裁判決は最高裁判所のサイトの裁判例情報から検索でき全文が読めます。また平成22年11月5日札幌高裁判決は,判例時報2101号p61以下に掲載されていますので,ぜひお読み下さい。

 まず最初に指摘しておきたいのは,地裁と高裁で結論が異なっていますが,その最大の原因は,「NHK受信契約に民法761条が適用されるのか否か」という点について判断が異なったことによるのだということです。NHK受信料が違憲だとか違法だとかいう点については,地裁・高裁ともに問題としていない(=違憲でも違法でもない)のです。

 原告NHKの主張は,被告の妻が被告名で契約書の署名押印していることを前提に,
1「受信契約に基づく受信料支払義務という債務は民法761条の日常家事債務にあたるので,夫である被告にも支払義務がある」
2「被告が被告の妻に対して代理権を与えているから,この契約の効果は被告に帰属し,被告に支払義務がある」
3「仮に原告との受信契約についての代理権を被告が被告の妻に与えていなかったとしても,一般的な事項については代理権を与えていたところ,(その権限外の代理になってしまうのだが,)原告は,受信契約について被告が被告の妻に代理権を与えていると信じていたし,信じたことに正当な理由もあったので,民法110条により,被告に支払義務がある。」
4「仮に原告との受信契約についての代理権を被告が被告の妻に与えていなかったとしても,被告がこの契約を追認したから,この契約の効果が被告に帰属し,被告に支払義務がある」
としたもので,被告は代理権を与えたことも追認したことも否定したので,代理権を与えたことや追認したことは原告が証明しなければならなくなりました。ちなみに,民法761条の適用についても被告は否定していますが,これは法の解釈の争いなので原告が証明しなければならないことではありません。

 1審の札幌地方裁判所は,上記2・4についてはそもそも「被告が被告の妻に代理権を与えた事実」「被告の妻が契約したことについて被告が追認した事実」をNHKが証明できなかったとして,2・4に基づく請求は否定し,1・3については「民法761条も民法110条もNHK受信料には適用されない」と判断して,1・3に基づく請求も否定しました。
 一方,2審(控訴審)の札幌高等裁判所は,1について「民法761条はNHK受信料にも適用される」と判断して,1に基づく請求を認めたのです。ちなみに,そうすると「2・3・4について札幌高等裁判所はどう判断したの?」と気になるところですが,民事訴訟では,「請求の理由が複数ある時に,そのどれかによって請求が認められる場合には,残りの点についての判断は不要である。」というルールがありますので,札幌高裁はこのルールにのっとり2・3・4については判断していません。札幌地裁は請求を認めなかったので,全部の理由について(否定的な)判断をしているのです。

 まず札幌地裁判決について検討しましょう。札幌地裁判決は大前提として,受信契約の性格について検討した結果,
A 受信料は,テレビ視聴の対価ではなく,特殊な負担金である。
B NHKにはこの特殊な負担金を徴収する権限が与えられている。
C しかしその徴収にあたっては一般的な民事訴訟の手続によらねばならず,税金のような民事訴訟の手続によらない徴収はできないし,たとえば電気料金に上乗せするような方法もとれない。
D 受信契約は,(世帯ではなく)テレビ設置者個人がNHKと結ぶべきもので,その契約は(TV設置の日からではなく)契約日から有効となる。
E 受信契約の内容は,テレビ設置者がNHKに義務を負うだけで,NHKがテレビ設置者に個別の義務を負ったりしないし,お互いの義務が対価関係にたって,「片方がやらなければもう片方もやらなくていい」ということにはならない。(=片務契約)
という結論を出しています。A・Bを読むと,NHK受信料が違憲だとか違法だとかいう議論を明確に否定していることがわかりますし,札幌地裁判決ではこの法律論の他にさらに末尾に和解を試みた経緯として「できるだけ多数の国民が原告と放送受信契約を締結することが望ましいことから,原告と被告の双方に対し,被告が原告との間で新たに放送受信(衛星)契約を締結するという和解勧告をした。」とわざわざ明記しています。
 ちなみにA・Bを強調するとDについて「世帯が契約し,TV設置の日から有効」という議論があり得るところですが,札幌地裁判決ではその論理があり得ることを認めた上で,Cがある以上,民法その他私法に沿って解釈されるべきとしてこの論理を否定しています。
 そして札幌地裁はこの前提にたって,
「民法761条(日常家事債務の連帯責任)や110条(権限外行為の表見代理)は取引の相手方を保護するための規定であるから,対価関係が当事者間に存在しない片務契約には適用されない」という判断を示し1・3について否定したのです。
 原告は過去の裁判例や法律学者の鑑定書によって民法761条の適用があるとしたのですが,東京地裁の判決例については「放送法32条及び規約が憲法19条に反するか,憲法21条1項並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約19条1項に反するか,憲法13条に反するかという憲法上の問題点が主たる争点となった事案である。本件のように,放送受信契約の性質が主たる争点となった事案ではないので,先例としては適切を欠く」と判断し,法律学者の鑑定書については,「放送受信契約の性質,とりわけ,受信料が特殊の負担金であること,放送受信契約が片務契約であることについて言及されていない」としてその鑑定書によらないと判断しています。

 次に札幌高裁判決です。札幌高裁判決も札幌地裁判決が大前提とした上記A〜Eについては同じく大前提としています。NHK受信料が違憲でも違法でもないことについても同様で,「被控訴人は,控訴人の放送を受信できる受信設備の設置者として,控訴人と放送受信契約を締結すべき義務を負担していたと認められる。」と明言しています。
 では,どこが判断の分かれ目となったかというと,「民法761条(日常家事債務の連帯責任)は取引の相手方を保護するための規定であるから,対価関係が当事者間に存在しない片務契約には適用されない」という点でした。この点について札幌高裁は,「夫婦の日常の家事処理にともなう債務は,名義にかかわらず実質的には夫婦共同の債務であるし,相手方もそう考えているのだから,そのように処理することにしたのが民法761条の規定の意味なのだ。したがって取引安全の保護だけで定められているわけではない。」とし,片務契約にも民法761条が適用されると判断したのです。
 そうするとあとは,NHK受信料が日常家事債務に該当するかどうかを検討し,該当するとなれば,NHKの請求が認められることとなります。
 札幌高裁はこの点について,「民法761条にいう日常の家事に関する法律行為とは,個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものである」とまず定義づけました。その上で,判断基準を夫婦の側の主観的事情(社会的地位・職業・資産・収入等)だけではなく,夫婦が住んでいるあたりの慣習や,法律行為の種類・性質という客観的な事情も含めたものにおきました。民法761条の立法趣旨を実質的に夫婦共同という点と相手方もそう考えるという点の両方と解したのですから,判断基準も双方に関わることになるのは妥当でしょう。
 そして「テレビ普及率」「平均視聴時間」「受信料」の3点から,「テレビを見ることは一般的な家庭だと必要な情報入手手段であり,相当な娯楽である」とした上「受信料も家計を圧迫するものではない」としたのです。ちなみに金額が問題になるのは,金額の大きいものだと「日常の家事」なんだろうか?という疑問が発生するからです。
 被控訴人=1審被告側は「放送受信契約の締結が,個人の思想信条にかかわる部分が多いから,夫婦間で代理権を認めるにはふさわしくない性質の契約である」と主張しましたが,札幌高裁は「控訴人の放送を受信可能なテレビを設置した以上,放送受信契約を締結すべきことは放送法で定められた法的義務なのであるから,かかる義務の存在を前提とする限り,設置者が個人的な「思想信条」により受信料を支払う意思を有しないからといって,そのことをもって放送受信契約締結の日常家事債務性を否定することはできない。」としました。
 また被控訴人=1審被告側は「日常家事に関する支出としての必要性の判断においては,個々の夫婦の意思や事情も考慮されるべきである」「被控訴人が放送受信契約の締結を希望しておらず,現に被控訴人はNHKの番組を視聴していないこと,本件契約を締結しなくても被控訴人夫妻の生活には支障がない」「本件契約の締結は日常家事行為とはいえない」と主張しましたが,札幌高裁は「放送受信契約の締結はテレビを設置したことにより発生する法的義務であり,NHKの番組を実際に見ないことによって免除されるものではないから,前述のとおり,テレビの設置及び視聴自体に日常家事行為性が認められる以上,個々の家庭におけるNHK視聴の意欲や実績自体により,放送受信契約締結の日常家事債務性が否定されることにはならないというべきである。」「世帯主の妻による契約締結が相当数を占める現状のもとで,取引の安全性が著しく損なわれ,民法761条の立法趣旨の一つでもある取引相手の保護が果たされなくなる。」としました。
 以上の結果,札幌高裁は,NHK受信料に民法761条の適用があるとし,本件ではNHK受信契約が成立したことを認め,その未払分の請求を認めたのでした。

 以上見てきたとおり,これら札幌地裁・高裁の判決というのは,「NHK受信料に民法761条の適用があるか否か」が最大の問題となったもので,この論点が民法解釈学上1つの話題になるのは間違いありません。この点での判断が分かれたことにより,結論が真逆になりましたし,1審ではNHK敗訴となったのですが,札幌地裁も札幌高裁も「NHK受信料が違憲・違法である」という点はむしろ等しく否定していることに注意が必要です。札幌地裁判決をもって「受信料が違憲・違法だという判断がされた」とするのは明確に誤りですし,そのように書いてあるようなサイトの法律の解釈は,批判的に見ておかなければならないと思います。

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