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Advanced Study 不退去罪における正当事由

 刑法をある程度勉強した人だと、これは実は「労働者vs使用者の労働争議」でよく問われて、ある程度判例も出ているってことに気づくと思います。ここではそれを整理してみましょう。

 前提としておさえてほしいのは、これら判例になっている事案では、「そこは不退去罪の対象となる」点について争いがなかったため判断されていませんが、不退去罪の対象となる場所でなければ当然不退去罪は成立しないのですから、「不退去罪が成立する」と主張するためには、そこが不退去罪の対象となる場所であることは示さないといけません。その時に刑法においては住居の定義が結構面倒くさいし、ゆえに範囲についてもきちんと調べておかなければならないことをおさえてないと……。住居侵入罪も不退去罪も成立しない場所なのに、他の要件が揃っているからと言って「犯罪成立」としてしまう誤りをしてしまうことになります。
 このページでは問題を整理する意味で「場所については不退去罪の対象となる場所である」ことを仮定して話を進めますが……。
 この仮定は忘れてはいけません。

 話を元に戻しますが、労働者vs使用者の労働争議で、不退去罪が問われてそれが判例になるケースというのは、犯罪を問われた労働者側にしてみればその行為が「労働組合法1条2項の3要件を満たすために刑法35条(正当業務行為→処罰されない)が適用される」点を根拠に無罪主張をするものがほとんどです。そして刑法35条が適用になるなら、たとえ構成要件に該当する行為であっても違法性が阻却されて、犯罪にならないのです。不退去罪で「正当な理由がある」場合というのは、構造的にはこれと全く一緒なんですね。たとえ構成要件に該当する行為であっても犯罪にならない。(そして小難しいことを言うと構成要件自体に正当な理由を要求しているということは正当な理由がなければ構成要件該当性が否定されるという考え方と、構造的に刑法35条と全く一緒に考えて違法性阻却事由とする考え方が出てくるのです。)

 そこで不退去罪で「正当な事由」として何が認められ、何が認められず、何が判断の別れた事案だったかというのを見てみましょう。

 まず事案自体には不退去罪の成立を認めたけれども、不退去罪不成立の例を示したものとして、昭和33年8月29日東京地裁判決(東京証券取引所争議刑事事件)があります。この判決は「退去要求があれば退去義務が発生し、その違反が直ちに不退去罪を成立させる」という論理を明確に否定しています。そしてその理由を「争議中には団体交渉等をする必要がある」という点に求め、にもかかわらずいきなり犯罪成立とすることは酷であるとしているのです。さらに、「正当な争議行為を逸脱して使用者側の業務遂行を妨害する意図を有し且つその行為に出た」場合には、正当な理由とは言えないとし、本例はこれに該当するため不退去罪が成立するとしたのです。
 最高裁の反対意見なので判例としての拘束力はありませんが、昭和43年7月12日最高裁判決における色川幸太郎反対意見も参考になるでしょう。色川反対意見の骨子というのは「労働組合の代表者が使用者と交渉を行うことは(たとえ公務員で団体交渉権が直接認められないにしても)できるだけ尊重すべき」ということを前提に、交渉を一方的に打ちきり退去を命じたとしても、「交渉の継続を期待しつつ、静かに待機していた代表者をも排除せんとしたことには、到底妥当性を認めることができない。」から不退去罪不成立を主張したのです。

 さて、この事件の多数意見(法廷意見)はどうなったかというと、色川反対意見が「数十名の組合員が喧噪を極めたとするならばこれらに退去を命ずれば足りる」とした点を否定し、「数十名の知事に対する不当な威圧を背景とし、これと相呼応して折衝に臨んだもの」と評価して、正当な理由には当たらないと判断しています。最高裁レベルでは旧国鉄の青函連絡船における労働争議で「オルグvs船長の下船命令」で、労働組合法1条2項に当たらないとした判断が出ていますが(昭和45年7月16日最高裁判決)、「船長の職務である船舶航行の指揮を妨げるものであり、ひいては航行の安全に危険を及ぼさないとはいえない行為」であることを理由にしていますので、住居の場合は(普通は)当然航行なんかする訳ないのですから、航行の安全とは無関係なんで、「なんでも退去要求が優先」って論理ではないことに注意が必要です。

 以上見てきたとおりで、「呪文を3回唱えれば不退去罪成立」というのは、場所の検討を欠いている点で、きわめて短絡的な暴論なのですが、たとえ場所については対象となる場所であったとしても、昭和33年8月29日東京地裁判決で否定されている論理であることがわかります。そして正当な事由というのは、行為の目的(同東京地裁判決)や行為の形態(昭和43年7月12日最高裁判決)等で判断するものだということがわかるでしょう。

 ちなみに……
 現在は不退去罪は「正当な理由がないのに」って文言になってますが、以前は「故なく」でした。実は以前は文字列すら一致していなかったのです。
 なんで放送法やNHKの見解が出てくるのか全く謎。

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