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保険証だけでお金を借りられるから?

保険証記載の保険証番号,氏名,性別,生年月日,住所,電話番号がセットになったものが
10万人規模で流出したというニュースが流れていて
詐欺のネタに使われる危険があるという報道がなされているところなんだけど……。

その中で
「勝手に借金されてしまう」被害の心配が報じられていて
ちょっと違うんじゃないかな……と思った次第。

まあ裁判に巻き込まれてしまう危険があるというのを被害というなら確かにそうなんだけど
でも「借りてもいない借金を払わなきゃいけない」となると
さすがに誤解と言っていいんだよね。

これ,貸す側が普段「保険証だけで借りられる」みたいなことを言っている所が
なきにしもあらずなので
ちょっと解説を加えておきたい。

もともと借金というのは,法律的には「(金銭)消費貸借契約」と分類されている契約で
貸す側が「お金いくらをこういう条件でお貸しします」
借りる側も「その条件でお借りしてあとで同額でお返しします」
といって合意した上で
その金額を実際に貸す側から借りる側に渡して
はじめて契約が成立し,返す義務が発生するというタイプの契約だと説明されている。

余談だけど,借りたものをそのまま返すのであれば使用貸借とか賃貸借。
でも,お金って通常は借りたものをそのまま返すのではなく
借りたお金を何かに使い,後日,その金額を返すというもので
たとえば1万円を借りたとしてもその紙幣の記号番号をメモして特定して
その同じ記号番号の紙幣で返すものではないよね。
借りたもの自体は「消費」してしまっているので
「消費貸借」と命名されている次第。
あと通常の契約は双方の合意だけで成立する(=諾成契約)んだけど
金銭消費貸借契約では歴史的経過から
実際に金銭を渡さない限り契約は成立しないとした(=要物契約)。
なもんで,約束だけでは「お金を貸す義務」はないし
約束してもお金を渡さない限り「返す義務」がないどころか
契約それ自体が成立していないと判断されることになっているわけ。

さて誰かが保険証を偽造してその人になりすまして
まんまとお金を借りることに成功したとするわな。
そしてお金を返さないからと言って裁判になったとする。
この裁判を無視しちゃうと「原告の言い分どおりだね」というので
支払えって判決が出ちゃうけど
「保険証のデータ流出で勝手に借金したことにされちゃうかも」
って心配になるような人なら
まさか裁判を無視することはないだろうな……。
裁判に出れば,当然「私借りてません」って言うよね。

言った瞬間
あなたが借金の約束をしてお金を受け取ったことを
原告が証明しなきゃいけなくなるのさ。

その証明としてだ……。
「保険証のコピーがあります」
……今回のデータ流出が起きる前から
 「被告が借りたこと」の証拠にはならないよね……。
  さすがにそんな杜撰な立証する業者はもういないだろう。

普通は契約書を出す。
その契約書には上で書いたような
|貸す側が「お金いくらをこういう条件でお貸しします」
|借りる側も「その条件でお借りしてあとで同額でお返しします」
ということがきちんと書かれているわけだ。
その上で,借りた側が自分で署名・押印したかのような署名押印があるとして……。
裁判官が
「これ,あなたが自分の氏名を自分で書いたものですか?
 この押印はあなたの印鑑によるものですか?」
と必ず質問する。
それに
「私は書いていません。この押印も私の印鑑によるものではありません。」
と答えるだろう。
その瞬間
「では,原告はその署名が被告によってされたこと,押印が被告の印鑑によるものであることを
 証明してください。」
って話になる。
そこでようやく保険証のコピーを出して
「本人だと思いました」
って言うことになるんだけど
保険証には写真はまずない。(あったら本人じゃないってわかるから,さすがに貸さないだろう。)
裁判所はたいてい,保険証だけの本人確認なんて本人確認したことにはならないと考える。
正確に言えば「本人であることの証明はされていない」と評価する。
証明できなきゃ……請求棄却判決だよね。
なもんで,普通は勤務先への確認とかしてその証拠を残すなり
あとで裁判やっても勝つだけの証拠を残しておくものなのよ。
……でなきゃはなから「裁判では請求しない。逆に裁判起こされても無駄な抵抗はしない」で貸すか。
まあ住民票を実態にあわせてなければ
原告から見て行方不明にされちゃって
最悪公示送達になって
被告本人に裁判所からの書面が行かないまま判決になることもあるけど
ちょっとこの案件では想像しにくい。
というのは……保険証でしょ?住民票に基づかないで作るかえ?
……だから国民健康保険ではなく厚生年金保険で
  会社に内緒で引っ越しし,しかも住民票も動かしていない場合くらいしか
  想像しにくいのだ。

そうすると裁判所から来た郵便を無視したというならともかく
ちゃんと応対していれば
「払え」って判決にはならないし
その裁判の手間とかもしくは後で信用情報を直す手間とかは損害だけど
「借りていない金を返さなければならない」損害ではないんで
安心していいって話。

この場合,貸して損するのは貸した側さ。


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