裁判所侮辱
英米法でいう裁判所侮辱(Contempt of Court)というのは,
侮辱という言葉の持つイメージからは
中村明「日本語語感の辞典」岩波書店が説明する
「人前で相手を馬鹿にして恥をかかせる」
よりも相当に広い範囲で用いられる言葉で
田中英夫編集代表「英米法辞典」東京大学出版会の
「裁判所の権威を傷つけまたは裁判所による司法の運営を害する行為」
というのが,さすがよくまとまっているな~って思うのよ。
法廷で裁判官を馬鹿にしたとか裁判制度を馬鹿にしたとかいうのが
裁判所侮辱に当たるのはまさにそのとおりなんだけど
例えば裁判所を馬鹿にしたわけではないけど,法廷内で裁判官の指示に従わなかったというのも
裁判所侮辱にあたるし
別に法廷内には限らず,法廷外の行為に対しても適用される。
なんと言っても「YはXにいくら支払え」的な民事訴訟の判決を履行しないというのでも
裁判所侮辱を構成するのだ。
さらにすごいのが,裁判所侮辱に対しては裁判官が既に存在している民事訴訟や刑事訴訟手続を経ることなく
まさに裁判官の専権で制裁金を課したり,身柄を拘束することすらできてしまい,
そこには罪刑法定主義すら適用にならないから
極論を言っちゃうと,裁判官の指示に従うまで拘禁することが可能になってしまうのだ。
(逆に言えば,この場合,裁判官の指示に従えば,即時に解放される。)
あたし,個人的には,日本を含め,他の国もどんどん採用すればいいのに……と思うんだけど
まあ実際には,あまりにも裁判官の権力大きすぎというので,ある程度のしばりはかけようよ……って方向性ではある。
で,大陸法系とはあまり相性のよくない制度ではあるんだけど
さすがに日本でも部分的には取り入れられているんじゃないかと思われる節がある。
典型的には「法廷等の秩序維持に関する法律」で
これは,英米法のContempt of Courtのうちcriminal contemptに相当する
「(裁判所が裁判手続を行う場所という意味での)法廷における妨害・不服従」
に対し,身柄拘束や過料を科すというものなんだけど
「過料」という,行政手続上の違反に対する言葉を使ったり
「監置」という通常の刑事手続には存在しない言葉を使っているところで
だいぶ毛色が違うということが想像できると思う。
なにせこれらは裁判官が職権でやれちゃうのだ。
法廷等の秩序維持に関する法律以外にも過料の制裁を科すことができたりするのは
発想としてはここに行き着く。
さてここで最近話題になった,裁判所の刑事手続において,正規の呼び出しをうけておきながら
出頭しなかった案件。
これも英米法的にはContempt of Courtに当たっちゃうんで
裁判官に身柄拘束されても制裁金を課せられても文句は言えないところ。
日本ではどうなっているかというと,某所で某元検事が
「証人と違って,本人には不出頭に対する過料の制裁がない」
ってことを書いていたんだけど
これは知らない人がここだけ見れば勘違いしそう。
過料の制裁はないかもしれないけど,実はもっとおそろしいことが待っている……。
刑事訴訟法58条には「勾引」という制度が定められている。
これは,裁判所が被告人の身柄を拘束して裁判所に連れてくることができるというもので
「勾引状」を作成し,検察官に渡されると,検察官は(通常は)警察に対し,
勾引状に基づいて被告人の身柄を拘束して裁判所に連れていくよう依頼する。
もっとも勾引は裁判所に連れてきてから24時間以内に釈放しなきゃいけないという
時間制限があるんで
この間に法廷をやってしまいなさいという仕組みなわけだ。
もっとも勾引がすぐにできるわけではない。
基本的には58条で
「住居不定」か「正当な理由がなく召喚(裁判所からの呼出)に応じないか応じないおそれがある」かの
どちらかがないといけない。
どちらもなければ通常は68条の出頭命令をかけてその違反で勾引というシステムなんだけど
実際にはそう見ない。
というのは勾引やらなきゃいけないような案件というのは
通常はまず「勾留」しているでしょう……ということ。
……そして勾引しなくてもいい=勾留しなくてもいいものまで勾留してないか……って批判の話になるんだけど。
勾留していないような案件(業界では「在宅」と言っている。)では
まあ間違いなく法廷には来るよね。
ということで,通常は見ない「勾引」なんだけど,
裁判所をなめてかかっていると,この勾引が牙をむくわけだ。
というのは59条の勾引の効力(24時間制限)のところにはこんな但書がある
「その時間内に勾留状が発せられたときは,この限りでない。」
勾留状が24時間以内に出ちゃうと,その勾留状によって,身柄拘束が続くことになるのだ。
だから仮に法廷をさぼったとする。
裁判所やる気になれば58条の勾引状をすぐに出す。
なにせ「召喚に応じな」かったんだから要件を満たしている。
勾引状に基づき警察が被告人をつかまえて裁判所に連れてくる。
勾引状による身柄拘束の時間制限は24時間だけど
裁判所はここで直ちに勾留質問を開始するわけだ。
だけど現に起訴されているくらいだから,勾留処分担当裁判官としては
検察官から手持ちの証拠を取り寄せて見るに
まあ「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」とは判断するだろう。
(最初からこれが無理なら,さすがに検察官あきらめてくださいって話。)
そして「被告人が逃亡し」に該当しちゃうよね,だって来なかったんだもんで
勾留状が出せてしまうので
そのまま被告人は勾留されてしまうのだ。
こうして身柄を拘束できるんだから
「過料の制裁なんていらないよね」
というのが日本の法制度設計だったりするのです。
佐々木将人: 2015年11月24日 23時08分: 未分類: comment (0)